静かに会津を見守ってきた会津大仏がある寺
恵隆寺と同様に会津盆地の西側山麓に立つ法用寺はそれよりも8kmほど南に位置して三重塔を持つ寺である。
桜が終わって次の節に入ろうとしてる春に訪れた。偶然、茶会などが行われいつになく賑わいをみせ伽藍全体から春が感じられる。
歴史春秋社の「会津の寺」を見ながら、掲載する寺を選んでいる時に三重塔の写真が目に入った。会津にこんな塔が残っていることに驚き父に尋ねると誰でも知っていることだろうという顔であった。
法用寺は、徳一が磐梯町に「恵日寺」を建てるまで会津の仏教の中心で、多くの修行僧がここに住み込み修行を行なっていて三十三の坊があったそうだ。
三重塔についで法用寺で有名なのが、「木造金剛力士像」である。
仁王門をくぐり観音堂へ向かうが、仁王門はかなり痛みが激しくいい趣をだしているが本来金剛力士像があったところには、その写真パネルが置いてあり趣をこわしているようだ。
門で睨みをきかせていた阿吽の像は仲良く観音堂で休んでいる。二体とも二メートル強の大きさで欅の一木彫成像。他の寺にある「ゆるキャラ」のような雰囲気とは比べようもないほどの技術の高さと威厳を感じる像で、内からの力強い威圧感が全体から伝わってくる。この像は、法隆寺の日本最古の仁王像の次に古い(平安後期・藤原)のではないかと言われ国重要文化財に指定されている。もし観音堂が開いていれば間近に見ることができるので見逃さないで欲しい。
話が少しそれるが、友人と会津のいくつかの寺を巡った時に仁王像の造形が「ゆるい」と言われたことがある。確かに京都や東京にあるりっぱなお寺の仁王像は、本物っぽい造形である。仁王像に限らず仏像なども、中央に比べると「素朴」な感じのものが多いと思う。
その他の像は、火中仏(焼けてしまった十一面観音立像:秘仏)や四天王、釈迦如来など数多くの仏像が祀られている。
祀られている「厨子」は、かなり見ごたえのある造りで正和三年(1314年)の銘がある会津最古のものとのこと、禅宗唐様風の中央の手法がうかがえる貴重な厨子である。それぞれ寺の古くなった外見からは想像できないものが残っている。会津の田舎の端の方にあったのが幸いして残っていたのか様々な消滅の危機を乗り越えて運良く今、目にすることができるのは奇跡なのかもしれない。
[] 内容の一部は歴史春秋社:会津の寺を参照しています
法用寺は、養老4年(702年)徳道上人が建てたと伝えられています。恵隆寺(養老3年)に次いで会津では二番に古いお寺です。
大同年間の火災で焼失していまい、その後徳一大師が再建し、恵日寺の建立まで中心的な役割をはたしており、多くの行者が住み33の坊があったと言われています。
観音堂には、重文に指定されている阿吽2体の木造金剛力士像があり、欅の一木彫成像で平安〜藤原時代の貴重なものです。
[] ※参考書籍:歴史春秋社刊「会津の寺」
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Basic information
- 法用寺(ほうようじ)
- ■山名:雷電山(らいでんざん)
- ■開山:徳道上人 702年
- ■宗派:天台宗
- ■会津三十三観音:二十九番札所
- ■本尊:十一面観音立像
- 木造金剛力士像(阿・吽)(国重要文化財)/ほか
- ■建物:仁王門・観音堂・三重塔・鐘楼ほか
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法用寺